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東京高等裁判所 昭和63年(ラ)746号 決定

抗告人 松田鈴子

相手方 松田安次

主文

原審判を取り消す。

本件を千葉家庭裁判所松戸支部に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は主文同旨の裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙「抗告の理由」(写し)記載のとおりである。

二  よって判断するに、一件記録によれば、(一)抗告人と相手方との間においては、千葉地方裁判所松戸支部において離婚訴訟が係属していたところ、これに先立って、抗告人は、千葉家庭裁判所松戸支部に対して、相手方に婚姻費用の分担を求める審判の申立て(同支部昭和59年(家)第1829号)をするとともに、右婚姻費用を仮に支払うべき旨の審判前の保全処分の申立て(同支部(家ロ)第64号)をしたところ、昭和60年1月14日、同支部は、右婚姻費用分担申立事件の審判が確定するまで、相手方は抗告人に対して、1か月金8万6220円ずつを毎月末日限り仮に支払うべき旨の保全処分命令を発したこと、(二)抗告人と相手方との右離婚訴訟について、昭和63年10月12日、抗告人の離婚請求を認容する旨、及び相手方は抗告人に対して、慰謝料として金100万円(仮執行宣言付)を、財産分与として金500万円を支払うべき旨の判決があったが、右慰謝料の額等に不満の抗告人は、右判決に対して控訴を提起し、現在、東京高等裁判所に係属中であり、未だ同判決は確定するに至っていないこと、(三)相手方は、妻が離婚を求めて別居生活に入り、訴えを提起するという破綻した夫婦関係にある場合、離婚を認容する第一審判決があったときは、その第一審の口頭弁論終結時以後の婚姻費用の分担をする必要はないとして、本件保全処分の取消しを申し立てたところ、原裁判所は、右離婚の判決の言渡しがあったことにより、本件保全処分につき事情の変更があったものとして、本件保全処分を取り消す審判をしたこと、以上の事実を認めることができる。

ところで、一般的には、本案訴訟において被保全権利の存在を否定する判決があった場合には、その確定前であっても被保全権利の存在の蓋然性が否定されたものとして、事情変更を理由に当該保全処分は取り消されるのが通例であるところ、本件保全処分の被保全権利である婚姻費用分担請求権も婚姻関係を前提として発生する権利であるから、離婚が成立すれば当然婚姻費用分担請求権も消滅するので、離婚の成否が婚姻費用分担請求権の消滅、存続に直接かかわるという意味では、恰も離婚判決が前示被保全権利の存在を否定する判決と類似しているとみられないこともない。しかしながら、請求権の存否に係る訴訟(給付、確認)では、その判決があることにより被保全権利そのものが保全処分の時点より存在しなかったか、若しくは、当時存在したがその後口頭弁論終結時までに消滅したことの蓋然性が高いものとなるため、右判決があった以上判決によって存在を否定された権利を被保全権利として保全処分を維持することはもはや相当でないとしてこれを取り消すのであるが、離婚判決は形成判決であって判決の確定により離婚が成立するものであり、婚姻費用分担請求権もその時に消滅するものであって、右判決時に婚姻費用分担請求権が存在しないとの蓋然性が明らかになったものではないのである。したがって、離婚判決のあったことを理由に婚姻費用分担金仮払の保全処分の取消しを求めてきた場合においては、離婚判決により直ちに被保全権利たる婚姻費用分担請求権に変動が生じたとして右保全処分を取り消すべきではなく、離婚請求者、離婚原因、保全処分の際に認定された前提事実、保全の必要性に関する諸事情等を検討し、離婚判決が被保全権利及び保全の必要性の両者に関し家事審判法第15条の3第2項に定める「事情の変更」となるかどうかを判断しなければならないものというべきである。

そこで本件をみるに、一件記録によれば、原裁判所は、本件保全処分の審判に際しては、すでに抗告人と相手方との夫婦関係は破綻して別居状態にあることを前提としながら、抗告人が慢性腎不全により1級の身体障害者と認定され、1週間に3度通院して透析を受けなければならない身体の状況で就労による収入は期待できないこと、相手方は健康で会社に勤め手取り月額30万円の給与を得ていること等の事情を認定して相手方に前示金員の仮払を命じたものであることが明らかであるから、本件離婚判決があったということだけでは被保全権利に変動を及ぼさないことは明らかであり、右離婚判決により本件保全処分の理由が消滅し、その他事情が変更したというためには前記保全処分に当たり認定された保全の必要性についての事情が変更ないし消滅したことが必要とされるところ、原審判はかかる点について審理、判断することなく、抗告人からの離婚請求を認容する判決があったことの一事を以って本件保全処分を取り消しているので、本件保全処分取消申立ての許否の判断のためになお原審において前記保全の必要性の変更、消滅等について審理を尽くす必要がある。

よって、原審判を取り消し、本件を千葉家庭裁判所松戸支部に差し戻すこととし、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 清水湛 伊藤剛)

抗告の理由

1 抗告人と相手方との間では、千葉地方裁判所松戸支部において離婚訴訟が係属していた。

2 上記離婚訴訟に先立って、抗告人は、相手方に対し、上記昭和59年(家)第1829号婚姻費用分担審判の申立をするとともに、上記昭和59年(家ロ)第64号審判前の保全処分を申立たところ、同保全処分が、昭和60年1月14日に発令され、以後相手方は、申立人に対し、この保全処分で認容された金額の支払いをしてきた。

3 しかるところ、相手方は、昭和63年10月12日、上記離婚訴訟で離婚を認容する判決が出たことを理由に事情変更ありとして保全処分の取消を申立て原審判はこれをみとめた。

4 しかしながら、抗告人は、上記訴訟の判決に対し、昭和63年10月25日控訴状を東京高等裁判所に提出し、同裁判所第4民事部において、昭和63年(ネ)第3317号事件として、現在係属中であり、離婚訴訟は確定していない。

5 従って、抗告人と相手方は、現在も法律上の夫婦関係にあり、相手方は抗告人に対し、婚姻費用分担義務を負うものといわなければならない。

6 この点については、多数の判例があり、婚姻費用分担請求人である妻から訴訟を起こした場合に分担義務をみとめる判例として東京高裁昭和53年12月14日決定(判例時報921号90ページ)があり、本件と同じように双方が離婚訴訟をおこし、かつ控訴審係属中(離婚そのものではなく離婚にかかる金銭給付の額、内容に争いがある点も本件と同じ)であっても、婚姻費用分担義務をみとめた判例として、浦和地裁昭和57年2月19日判決(判例時報1051号125ページ)があり、この判決では、離婚訴訟の第一審判決以後は、婚姻係属の可能性が失なわれたとみられるから、婚姻費用分担義務はないとの主張は、明確に否定されているのである。

7 抗告人は、別紙上申書のとうり、1ヶ月約14万円からの生活費がかかり、慢性腎不全により一級の身体障害者と認定され、週に3度透析の為通院を余儀なくされ就労により収入を得ることは不可能である。今迄相手方から毎月86,220円の婚姻費用分担義務の履行による金員の支払いと、調布市から支給される毎月12,000円の手当の他、親や妹達からの援助によってかろうじて生計を維持してきたのである。

8 しかるところ、相手方からの婚姻費用分担金の支払いがなくなれば抗告人の生活は困窮することは必至であり、相手方との第一審判決に対しては、控訴しており、保全処分を取消すべき事情の変更は存在しないのである。

〔参照〕原審(千葉家松戸支 昭63(家ロ)8号 昭63.10.25審判)

主文

当裁判所が昭和59年(家ロ)第64号審判前の保全処分申立事件について、昭和60年1月14日になした審判を取消す。

理由

当事者間の離婚等請求事件(千葉地方裁判所松戸支部、昭和60年(タ)第7号、同年(タ)第10号)について、千葉地方裁判所松戸支部において昭和63年10月12日申立人と相手方を離婚する旨の判決が言渡され、本件保全処分の前提たる事情が変更したので主文のとおり審判する。

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